森の窓
2018年07月30日
夏休みの時期になり、どうしても紹介しなければならない本が残っていました。フランクルの「夜と霧」です。ここには、私たちが知
らなければならないこと、或いは知っておくべきことが表現されています。私自身は加害者側には簡単になる事は可能だと思います。
一方被害者である著者のフランクルのように、深い絶望の中でも落ち着き、静かに語る側になるのは困難です。詩人のパウル・ツラン
やフランクルのような人が居ることは、私にとってはひとつの希望でもあります。私にとって静かに語る事や、大声で叫ぶことは困難
でしたが、一つ一つ小さな石を積むことぐらいは可能だと思い今日に至ってしまいました。それは積まれたのかどうか、実は後から確
認すると瓦礫が散らかっているだけかもしれませんが。列島人の一人としてヨーロッパ人の底の深さを感じないわけにはいきません。
(小形烈/記)